vol.39 梅と富士山と自然を抱きとめて 〜伊豆旅行:アルカナイズ編〜

流れるせせらぎの音。
目の前に広がる開放感。
切り離された空間。

月に一度。
決まりごとのように。
東京から離れることが、ある意味で日常と化した。

慣れとは恐ろしいもので。
この時間があることによって、
私はバランスが保たれているのではないかという錯覚にさえ陥ってしまう。

お籠り宿に身を潜めて。
ガチガチに身体を覆っていた鎧を脱いだ。
あーぁ、どうしてそんなに頑張っちゃったの。
そんな声が聞こえてきそうで。
もう一人の私が、呆れ顔で側にいるようだった。

自分のバランスを取るために、ひっそりと立て籠もる。
私は、走り続けていることの自覚がない。
ただ、休まないと壊れてしまうことだけは本能レベルで察知する。

壁いっぱいの窓の向こう側には、ゴウゴウと流れる川の音。
部屋のテーブルには革の箱。
水彩画にもなる色鉛筆と、画用紙と、一冊の本。
窓の外を見下ろしながら、ごろりと横になって。

非日常の中で、
私は一瞬にして原田マハの世界に落ちた。
物語を媒体にして。
大粒の涙が絨毯の色を変える。

昭和の少女時代。
アナログの時代。
私たちは、思いの丈をノートに書いた。
筆圧や、筆跡、文字の大きさなどからも、イメージする。
使っている色や、周りの落書きすら、どのくらいの時間をかけていたのかも想像できた。

そんな風にして、
余白の時間を、妄想や空想の時間に充てていたように思う。
その持て余すような時間があったからこそ、
今の私が出来上がっているのだから。

当時の交換日記に、
「喜怒哀楽の感情を殺して生きるのは嫌だ。」と心情を吐露したことがある。
ずっと後になって「何を書いているのかと思ったよ。」と、彼女は昔を振り返って教えてくれた。

その頃は、今よりずっと八方美人で、本心を伝えることが苦手で。
いまよりずっと拗(こじ)らせているような面倒な10代。
謝ることができず、素直な気持ちが言えず、相手の気持ちを想像することができなかった。

こうして文字をキーボードで打つようになっても。
内省する時間の確保は不可欠で。
孤独の時間が持てることの贅沢さに感謝しながら。
自分らしさを取り戻して、東京に戻る。

あいにく、別荘を持ち合わせていないので。
こうして旅先の宿がその代わりを成すのだけれど。

観光を目的としない旅ができるようになったということは。
ちょっとオトナになった気分で。
いやいや、もう十分にオトナですからね。と。
ここでももう一人の私がツッコミを入れる。

どんな時も側にいて。
ずっと私のことを見ていてくれて。
嬉しいことも悲しいことも。
秘めごとだって、なんだって。
誰よりも信頼できるもう一人の自分。

そうして自分で決断をして。
前を向いて。
休憩したり、走ったり、歩いたりできるのだから。

感情を失ってしまったら。
もう一人の自分が姿を消してしまう。

ボーダーレスというけれど。
自分の中でそれを飛び越えて。

線引きしないで。
オープンな心で。

それは純真とも純粋とも言えず。
ただ、本質を見ぬく力のような気がする。

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