vol.28 そして、旅は日常になる 〜リバーリトリート雅樂倶 富山編〜

娘が小学校を卒業した。
こうして我が子は成長し、自分の人生を歩むことになるのだけれど。

親になってから得る初めての感情が渦巻くことで、
私の中での変化を感じる。

最初の子は、親の立場として初めて尽くしで。
戸惑いや喜びを感じながら、自分の生き方を振り返る。
確固たる信念を持ち、この子たちへ何を残せるのか。

そんなことを考えながら。

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vol.17 深碧の軽井沢に恋をして 〜万平ホテル編〜

夏休みの初日。
家族連れが目立つ東京駅。
私は、乗り馴れた新幹線で軽井沢へと向う。

カナダに暮らす友人との再会をキッカケに、思いがけず記憶を遡る旅となった。

幼き頃の記憶。
誰かに甘えるのが苦手だった。
誰かと手を繋ぐことが出来ず。
褒められることに免疫がなく。
人に心のうちを明けることをしない子どもだった。

そもそも、誰かに何かを相談するという意味が理解出来ず、相談を持ちかけられたとしても「したいようにすればいい。」ということしか思えなかった。

女子特有の手紙のやりとりも。
あなたからの返事が来ないと言われて、初めて返事を書くのだと意識させられた。
一方的に送られた手紙に。
それに対して、何の思い入れもなく言葉を綴ることに違和感を覚えた。

自分のことが自分で良くわからないのに、その意味不明さを誰かに結論付けられて、「あなたはこうだ。」というラベルを貼られたくないと感じていたのかも知れない。
むしろ、自分のことは誰よりも自分が理解していて、他の人に分かるわけがないと思っていたという方に近いかもしれない。

カナダに住むその友人は、中学・高校・大学を同じ場所で過ごしていた。
それだけに、過去を紐解く鍵が散りばめられたのだった。

そこから私は、青春時代のいくつかの恋を思い出し、通り過ぎて行った言葉が鮮やかに蘇る。

「君は僕の海では狭過ぎるから。」
「君はパズルのように複雑だね。」
‘I can’t handle you.’
「君は、一人でも強く生きられるでしょう。」

その言葉の数々は、
わたしが彼らに何か出来ることをよりも先に、何かを求めていたからなのか。
それとも、愛情は受けるものだと信じていたからなのか。

彼らが何を私に求めているのかがサッパリ分からず、また私のことを全く理解していないということを思い知るセリフだった。

ごく自然に振る舞っていただけなのに。
彼らにとって理解不能と言われてしまうことや、僕には手に負えないからという言葉に。

爽やかな軽井沢を訪れて。

深い緑が私を包み込む。
土の匂い・葉の香り・木漏れる日差し・美しい紅葉・ひんやりとした空気に。

日常の刺激・慌ただしさに感(かま)けながら。
忘れようとしていた訳ではなく、目の前のことに追われて。
自己形成された時間をなぞりながら、我が子達と向き合う。

抱きしめ、頭を撫でて、手をつなぎながら。
思春期に差し掛かる娘の成長に、自分の経験を重ねてしまうことに。

娘には娘の人生として。
泣いたり、笑ったりしながら、豊かな時間を過ごしてもらえたらという、親になった自分を見つめる時間。

それでもわたしは、私のことが好きだった。
無邪気さと生意気さと繊細さを持ち合せて。

「大丈夫。」

そう、心の中でつぶやいていた。
 
 
 
万平ホテル
http://www.mampei.co.jp
軽井沢・プリンスショッピングプラザ
http://www.karuizawa-psp.jp

道の駅 草津運動茶屋公園
http://www.ktr.mlit.go.jp/honkyoku/road/Michi-no-Eki/station/gunma_kusatsu/index.html

日本ロマンチック街道
https://www.jrs-roman.org

PaSHMiNa
http://www.pashminaboueki.com

カフェ・ラフィーネ
https://tabelog.com/nagano/A2003/A200301/20000187/

vol.9 善光寺の初詣 〜実家で過ごす新年〜

生まれ育った故郷。
この景色は、いつも同じなのに。

私のライフスタイルが変化しているからなのか、
今年の善光寺は、いつもより荘厳で温もりのある雰囲気を感じた。

年末年始の宴会が続き、実家と言えども緊張感が残る。
もう私の部屋は、私だけのもので埋め尽くされているわけでもなく、
私の抜け殻でもない。
なんとなく、名残りがあるだけだった。

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