vol.37 内省の森を訪れて〜ブックホテル「箱根本箱」編〜

「ねぇねぇ。自遊人がプロデュースした新しいホテルが箱根に出来たんだって。」
「は?」
「ほら。あの里山十帖のだよ。」
「へー。」

そうだった。
こういう会話は興味のある人とでないと成立しないのだということを思い出す。
今年の夏にオープンしたそのホテルは、私の好奇心を駆り立てた。

その一枚の写真を見た時。
なんて幸せなホテルなのだろうと考えていた。
その時から、わたしの妄想は始まっていたのだ。

私はうずうずした。
そこにいることを想像するくらいに行きたいと思った。
並べられた本に包まれるように。
その背表紙のタイトルと著書の名前を見つける。

たくさんの絵本。
物語の数々。

究極のエンターティメントは、脳内で広がる。
何処へでも行けて。
何者にでもなれる時間。
私は本の中で旅をして。
冒険をして。
あたかも経験したかのような錯覚に陥る。
疑似体験の宝庫。

吹き抜けの両壁に並べられた本棚。
正面に広がる自然を眺めながら。
本に囲まれて。
まるで知の森。

そうして訪れた箱根本箱の数百メートル先には、

ハイアットリージェンシー箱根が君臨していた。
(ハイアットのね、雰囲気も大好きよ。
でもね、今日はね、本に囲まれて過ごすことに決めているの。)

そう心の中でつぶやきながら。
エントランスから正面に広がったのは。
想像していた通りの情景だった。

そこにいる人たちの佇まいも。
どことなくインテリジェンスな雰囲気を醸し出す。

(僕はね、本が読みたくてきたんだから。)
そんな心の声が聞こえてきそうな学生。

聡明な少女を挟んで、
黒縁メガネを掛けた白髪混じりでもじゃもじゃ頭の男性と、黒髪のショートがよく似合う凛とした女性。
そんなお手本のような、絵に描いたような理想の家族。

穏やかな笑みを浮かべて本を開いている初老の女性の先には、パートナーらしき男性の姿がダイニングでコーヒーを飲んでいた。

彼らと言葉を交わすことはなく、私の中で作り上げるストーリー。
このホテルを選び、わざわざ足を運び、時を過ごしているというだけでシンパシーを感じるのは気のせいだろうか。

(今日は1日こうしいていていいのね。)
早速、お気に入りの場所を見つけて。
狭いところで。
体を折りながら読む本。
屋根裏部屋に憧れて。
ツリーハウスで本を読んでいた頃を思い出す。

誰とも喋りたくなくなった時に。
ツリーハウスに避難した。
アメリカ留学時代。
18歳だった。

ミネソタの田舎に1年間過ごしたホストファミリーの裏庭に。
果てしなく広がるトウモロコシ畑を見渡して。

英語のコミュニケーションに疲れた時。
トムソーヤみたいに。
一時間でもいい。
一人の時間を、気ままに過ごしたかった。

自分を構築するのは。
誰かに触れ合うこともそうだけれど。
どれだけ自分と向き合って、自分と会話することだと思っている。

娘が13歳になり。
今は、デザイナーになりたいらしい。
アナウンサーや、パティシエになりたいと話していたけれど。
デザイナーになりたいというのは、又聞きだった。

両親以外の大人との会話。
本音が言いやすいのだろう。

育児をしながら、自分の半生をなぞる。
それぞれの生育歴があることを想像する。

育つ環境が違うからこそ。
その人に興味を抱く。
それが魅力であり、個性。

めくるめく世界の中で。
息切れしそうな日々の合間に。
そんなことを微塵も感じさせないような空間がそこにあった。

本に囲まれて。
この上なく至福な時間。

活字が好きで。
書体が好きで。
芸術が好きで。
こだわりすぎるのだろうか。
こうしていていいのだろうか。

時々、自分を持て余すことすらあるというのに。
そんなことがどうでもよくなるくらい。
べたりとした自分を存分に解放する。

長逗留が叶うならば。
きっと私は飽きるまでそこにいることだろう。

(※この記事は2018年12月に書かれたものです。)

ブックホテル「箱根本箱」
http://hakonehonbako.com

湯本富士屋ホテル
https://www.yumotofujiya.jp

ハイアットリージェンシー箱根
https://www.hyatt.com/ja-JP/hotel/japan/hyatt-regency-hakone-resort-and-spa/hakhr

ポーラ美術館
http://www.polamuseum.or.jp

はつ花 新館
http://www.hatsuhana.co.jp

強羅公園
https://www.hakone-tozan.co.jp/gorapark/