vol.36 歴史と趣と紅葉に陶酔して〜奈良旅行編〜

2018年の秋。
奈良の地を訪れた。

出会いと別れの連続である人生を振り返る。
当時の担任の先生は今どうしているのかしら。
あの頃の友人はどうしているのだろう。
あの時の彼は何をしているのだろう。
あれから30年ほど前の自分の記憶を手繰り寄せる作業。

選択して来た人生を。
あの時の私。
今の私。
ずっと繋がっているけれど。

人生の節目は幾度もあって。
女の人生は一緒になる人で決まると言われることも。
イマイチ実感がないままに。
42歳の秋を迎えていた。

人生は思い描いたようになるという。
その通りだとも思うし、そうとも限らないとも感じている。
幸福度はその人にしか計れず。

わたしは「かわいそう」という言葉を。
いつまでたっても使いたいとは思えない。
そうして発する言葉の意図や背景までも想像してしまって。
他意はないとは思うけれど。
とにかく好きにはなれない言葉のリストの上位に君臨する。

振り返るほどの人生の長さではないけれど。
それでも我が子たちを育てながらに感じることは。
途切れることを知らない。

100年単位の歴史に触れながら。
古の教えを紐解きながら。
人々の業(ごう)や性(さが)を目の当たりにしながら。
その背景にある時代や重さを全身で受け止める。

「子供叱るな来た道だ 年寄り笑うな行く道だ」
そんな言葉を思い出しながら。

喜怒哀楽を。
感情の渦を。
表現することの解放を。
感じることの自由を。
求めることの素直さを。

劣等感からの情熱。
優越感からの転落。

そういうものに振り回されながら。
立ち止まると。
景色は何倍にも鮮やかに輪郭を現してくる。

わたしはずっと童顔だと言われて。
幼く見られることがコンプレックスだった。
実年齢よりも若く見られることは。
経験値が浅いと思われているのだという気がして。
早く大人になりたいと願っていた。

相反するように。
無邪気で在りたいとも考えていて。
オトナとコドモが混在するような自分がここにいる。

年齢を重ねればオトナになるのではなく。
その人ににじみ出るものが人格として顕(あらわ)になるのだから。

結局のところ。
自分がどう思われているとかなんて。
可愛いとか綺麗とかではなく。

楽しそうな人ですね。とか。
チャーミングですね。と言われるような人になりたいという意識になったことで。
実年齢の数字などどうでもよくて。

ワクワクするかどうかで。
私の細胞は若返ったり、ツヤツヤしたりするのだから。

そして。
シワの数だけ。
白髪の分だけ。
きっと刻まれる人生であればいいのだから。
笑い声と笑顔が届くように。

今月も。
刺激と好奇心を満たすために。
ふらりと旅に出た。

「運と縁と好奇心」 
20代までの私はそれだけだった。
果たして。
今はどうだろうか。

しばらくの課題として。
ちょっと考えてみる時期に差し掛かったのかも知れない。

<訪問先>
興福寺
http://www.kohfukuji.com

春日大社
http://www.kasugataisha.or.jp

東大寺
http://www.todaiji.or.jp

薬師寺
https://www.nara-yakushiji.com/guide/

唐招提寺
http://www.toshodaiji.jp

奈良公園
http://nara-park.com

奈良ホテル
http://www.narahotel.co.jp

奈良ロイヤルホテル(ラ・ロイヤル・スパ)
http://www.nara-royal.co.jp/spa/index.html

平宗 
http://www.hiraso.jp

観光人力車 やまと屋
http://yamatoya-nara.com

ホテル日航奈良(Thalgo du H2O)
https://www.t-h-n.jp/nara/

京都新阪急ホテル
https://www.hankyu-hotel.com/hotel/hh/kyotoshh/