vol.23 雨の神無月を眺めながら 〜ハイアットリージェンシー箱根編〜

そもそも私は、自分に何もないことを知っている。
ナニモナイことから生まれるナニカを持っているだけだった。

内面に秘める感動や衝動。
表面には見えない自己主張。
 
 
自己の崩壊というのは、きっといとも簡単なことなのだ。
かろうじてそれを阻止しながら、自分を守るものを見出すために。

私が成長するにつれ、母が自分のことを語るようになった。
「どんな状況であったとしても、心は錦で居られるようにしたかったのよ。」
自分を見失わない術は、こういう言葉を聞きながら育ったからなのだろうか。

空想や想像の世界を好みながらも、現実の世界で生きる身近な人からの言葉に耳を傾ける。


 
 
吹き抜ける空間。
シンボリックな暖炉。
パッチワークされた藍・紅・碧のソファー。
高く塗られた土壁、積まれた大きな薪を仰ぎながら。
 
 
自分のキャパシティーはあっという間に溢れてしまう。

小さく積み重なるストレスと。
新しいワクワクでも平常心で居られなくなることと。
加えて、体調を崩してしまうことになれば。

その脆さたるや、一瞬のことだった。

初めて自分のそれに気付いたのは、アメリカ留学時代。
18歳だった私は、当時の恋人の前でボロボロと泣いた。
日本語と英語をごちゃ混ぜにしながら、自分の気持ちを喋っていた。
自分でもワケが分からず。

ただ、そっと抱きしめて欲しかったのだと思う。
 
 
 
自分の張りつめた気持ちの糸が切れてしまったのは、
一人では抱えきれない何かを溜め込んでしまったからなのだと、そのずっと後に理解した。
 
 
それからというもの。
誰かの胸で泣けない時は、映画や小説の世界へ潜り込んだ。
はたまた、今のように文章に書き落とし、
自己と切り離してその事象を眺めることが習慣となった。

それが旅になり、食事になり、カタチを変えて。
自己と向き合いながら、息苦しさと生きる歓びを行き来するのだった。


 
ことさらに、旅は私を癒してくれる。
誰も知らない場所で、一期一会を愉しむことの贅を。

女性は強くなったのではなく。
弱さを見せられる場所が、無くなってしまっただけなのかも知れない。

少女だった頃のように。
泣いたり笑ったりする自由をいつの間にか失い。

母親になり、誰かを守ることに誇りと責任を持ち。
妻としての支えを全うしたいという自負を抱く。

強くなければ、
ぺしゃんこになってしまう自分を知っているからこそ。

それでも生きて行くのであれば。
たくましく気丈でいなければならいのだから。

また面倒なことに、
気高く在りたいと望んでしまう自分がそこに存在するのだった。

 
 

<訪問先>
ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパ
https://hakone.regency.hyatt.com/ja/hotel/home.html

ステーキハウス吉池(吉池旅館)
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