vol.61 巡る季節とか、すり抜けてゆく人たちとか〜グランドハイアット東京編〜

目眩く季節。
毎年、美しい桜並木を愛でることが出来る幸せに浸りながら。
次々と打ち寄せる出来事を。
正面から受け止めたり、横から攫われそうになったりして。
私は、今日も喜怒哀楽を携えて生きている。

振り返れば、たくさんの人たちが私の中をすり抜けていって。
私自身も、多くの人たちの隙間に入ったり、懐に飛び込んだりしながら。
その時の剥き出しの感情を持て余しながらも。
私はわたしらしく生きることを謳歌しているような気がする。

どんなに逆立ちをしても。
私には理解できないことが沢山あって。
改めて万能でなくていいと思い知る。

自分で分からない部分は、
人とつながることで補完していくのだということを。

それは他者の能力を発揮する機会となり、
またそれを求めている人にとって垂涎の内容だったりもするのだから。

私のコンテンツを刷新し(魅話力オンラインというのですが)、コミュニケーションを軸としたコーチングを提供している。
これは、コーチング、コンサルティング、カウンセリングまでをも織り込んだ、その人だけカスタマイズとしての時間。

じっくりとその人に向き合い、チャンネルを合わせながら、私はその人が見てきたことや、経験してきたことを、共有することから始まる。

その人の痛みや喜びを感じながら、
どうなりたいのかということを聞きながら、
その人の魅力を最大限に引き出すこと。

それが、私の能力であり、
他者が真似できないオリジナルの強みになることに気づいたのは、いつだっただろうか。

私はそれまで、あまり直視したことがなかった事実を知ったのは。
人は自分に呪いをかけるという術を持っているということだった。

私は夢を叶えるためには、どうすればいいのかということを追い続けていたために。
その話を聞きながら、その人の全てを受け止めて。
肯定しながら、毎回の個別セッションや、グループセッションを行う中で。
改めて、誰しもが抱える課題に直面しながらも救っていきたいと決意を重ねる日々に。

随分と僭越な話かもしれないけれど。
私はここで求められていることを、差し出しているのだと感じるのだった。

光は闇を照らし、昇華させる。
その事実に。

私はわたしの能力を使おうと決めたのだった。

また、一方で。
15歳の娘が家を出ることになり。
新しい生活へと向かうことになった。
その準備をすべく、飛行機に乗って新しい土地へ向かう。

その横顔を見ながら。
アメリカへ向かう時の空を見下ろした自分を思い出した。
隣に座る外国人の男性が「もう寂しくなったの?」と英語で話しかけてきて。
そういうんじゃないのよ。と答えた記憶が蘇る。

いつしか母になり。
私は1箇所に留まるようになっていた。

冒険が大好きで、新しい刺激が好きで。
それでも我が子たちの成長が楽しくて。
とにかく夢中で、立ち止まりながら、迷いながら、悩みながら。
風を感じながら、季節を愛でながら生きてきた。

ある程度、好きにして生きてきたけれど。
守るものがあるというのは、
そう簡単に大胆に生活を変えることは難しかったようで。

動ける範囲をじわじわと広げながら、
私らしく飛び越えながら生きていた。

娘の新生活に淋しさを覚えるより。
そのことで、同じようにワクワクしていることに気づく。

今まで縁もゆかりもなかった土地で。
娘は学園生活を送ることを決めたのだから。

自分から飛び込む勇気を携えて。
自由にもっともっと羽ばたける一歩を踏み出したのだと。
私は嬉しくて仕方ないのだと。

今生の別れなどではなく。
娘の新しい旅立ちを、心から喜べることに。
私は安堵しているのだけれど。

眩しいほどの意思を携えて。
行き来すればいい。
まだまだ遠くに行けるし、広く世界を見られるのだから。

<訪問先>

グランドハイアット東京
https://www.hyatt.com/ja-JP/hotel/japan/grand-hyatt-tokyo/tyogh
※村上隆プロデュース アフタヌーンティー利用(DAYUSE)